00 / INTRODUCTION2016 — 2026
はじめに
ラブリーサマーちゃんのメジャーデビューアルバム「LSC」のリリースから10年が経つそうだ。
もうあれから10年も経った。あっという間だったのに大昔のようにも感じる。
10年前も音楽を作っていたように、今も私は音楽を作っている。10年前吸っていなかった煙草を吸いながらこの文章を書いている。
変わらなかったこともあるけれど変わったことも多い。10年前の私は今の私と同じ人間だと思えない。
10年も経った今だからこそ、恥ずかしさや照れ、虚勢など抜きにして作品を振り返れるのではないかと期待した。
が、10年前の自分は今の自分とは別人と思っても、やはり自分は自分で、久しぶりに聴き返すのに勇気が要り、親友を家に呼んだ。
隣の部屋に親友を待機させながら、ベッドルームに閉じこもってこの文章を書いている。
10年前と一番大きく変わったことは、こういうときに頼ってしまえる友達ができたことかもしれない。
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01 / TRACK NOTESLSC / 2016
あなたは煙草
私はシャボン
YOU SMOKE, I BLOW BUBBLES
2013年10月20日にこの曲をSoundCloudに投稿している。今振り返ってみれば、何の気無しに作って投稿したこの曲が私の人生を変えた。
この曲を作ったことによってラブリーサマーちゃんの名前は、ある程度有名になり、人一人が(多少借金をしながらも)ギリギリ生きていけるくらいのお金を稼がせていただいた。
本当にこの曲を作って良かったと思う。まずは10年前の私に感謝したい。
2012年から2013年にかけて、初恋を経験した。私は高校生だった。
初恋の相手は、今までに会ったことのない、なんとなくやさぐれた、一言で言えば"ローファイ"って感じの喫煙者だった。
遊びに行くとき、彼は手ぶらだった。鞄を持たずに、ジーンズのポケットに煙草と鍵と携帯電話だけ入れていた。とにかく彼がツボで好きだった。が、ほとんどの初恋がぎこちなく終わるように、私たちも同じだった。
自然消滅的になんとなく失恋した2013年の夏、知人と代々木公園に行った。公園でピクニックするなら、とシャボン玉を買って吹いていた。
彼が煙草を吸う動作と、私がシャボン玉を吹く動作が重なって見えた。同じような動きをしていることが、タバコしか持たない大人の彼と、公園でシャボン玉を吹く幼い自分の間にある距離を、より遠く見せた。そのイメージが頭から離れず、曲にした。
くるりの「言葉はさんかく こころは四角」という曲が好きで、この曲のタイトルは素晴らしい、語感だけでももじったタイトルをつけようと思い、「あなたは煙草 私はシャボン」というタイトルにした。
当時、インディーロックやドリームポップにハマっていたので、そのジャンルのリバーブ感を意識して制作した。
このときはアンプシミュレーターなんてものを知らなかったから、全て実機でエフェクトをかけていた。リズムギターには何もエフェクトをかけず、ギターリフには、TC ELECTRONICのHall of Fame 2と、BOSSのOD-3をかけた。どちらもそれぞれ祖父と親友から贈られた大切なもので、今でも愛用している。この二つのエフェクターが"初期のラブリーサマーちゃんらしさ"を作ったと言っても過言ではない、と思う。
2013年の5月、自宅にあったMTRを父親から勝手に拝借して曲を作り始めた。自分で聴くだけでは寂しくて、SoundCloudにアップしてみた。大好きな"音楽"というものを、まさか自分も作れるなんて、嬉しかった。できないことができるようになるのが楽しかった。友達が聴いてくれて嬉しかった。一ヶ月に一曲は曲を作ってアップロードしようと決めた。新しい曲を作る度に、今までしたことがないことを毎回やってみると決めていた。
あなたは煙草 私はシャボン以前はMTRだけで録音を完結させていたが、あなたは煙草 私はシャボンの制作で初めてCubaseというDAWソフトを使った。
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10 / TRACK NOTESLSC / 2016
ベッドルームの夢
BEDROOM DREAM
もともと「ベッドルームの夢」というタイトルではない、タイトル未定の曲としてデモがあった。もっと遅くて、暗くて、ぐちゃぐちゃしたシューゲイザーの曲だった。歌詞も全て違った。
18歳のとき、初めて友人の死を経験した。私は多分その友人のことが恋愛として好きだった。
友人が死んでから歳月が経って、友人の歳を追い越すことが耐えられなくて書いた曲だった。
レコード会社と契約して、さてデビュー盤を出すぞ、となったとき、書き溜めていた曲のデモを全てディレクターに聴かせた。
この曲を気に入ったディレクターから「この曲はメロディが良いから、デビュー曲にしよう。ただ、デビュー曲が"死んだ友人の歳を追い越しそう"っていう歌詞なのは暗すぎるから、デビュー曲っぽい曲調と歌詞に書き直してほしい。これからやってくぞ、デビューしちゃうよみたいな、そういう"始まり"みたいな歌詞書けない?」と言われた。
私は「そうですか?こういうダウナーなのも良いと思うんですけどね」とかぼちぼち反抗しながら、結局は根負けしてBPMを上げ、音色と編曲を変えポップなロックにして、歌詞を書き直した。
私なりの「これからやってくよ」を書こうと思ったとき、「私のベッドルームで作る曲を、誰かが口ずさんでいたら素敵だね」と思い、この歌詞を書いた。
そうやって命じられて書き直した歌詞であったし、そもそも自分がデビューするという実感もなかった。「僕が走り出していく」ではなく、「君の走る背中が遠くなる」と、自分のことなのにどこか遠くから見ている離人症のような歌詞を書いたのは、その実感のなさからかもしれない。
どうして「儚さを見せてよ」と書いたのか、今は分からない。
当時は、ラブリーサマーちゃんというものはきっとすぐ終わってしまう、どうせそんなに続かない一時的で儚いものだと感じていたから、そう書いたんだろう。
今なら「儚さを見せてよ」なんて書かない。
儚いもの、限定品、一時期素晴らしいものを生み出してすぐ去った、というドラマの魅力は、どうしてもあるんだろう。それでも、「あんたたちまだやってるんか!しぶといな!」という強かさの方が、ずっとかっこいいように今は思う。
すぐ散るものより、地味にでも踏ん張って続けていく美しさの方が今の私は好きだ。
カートだって27歳で死なずに、ジジイになってもずっとLithiumを演っていた方が絶対にかっこよかったんだ。
馬鹿らしさ、美しさ、それは人間の普遍、変わらないことだと思う。けれど、それを「儚い」と言ってしまうのはセンチメンタルすぎる。10だな、と思う。今の私はどうしてもそのセンチメンタルに反抗したい。せめてもの反抗として、今ライブでは「儚さを見せてよ」を「したたかさ見せてよ」に変えて歌っている。
この曲を書いた10年前の私に言いたい。
あんたの言っていることは分かる。でも寂しすぎるぞ。10年後、お前の背中は全く遠くなっていないし、馬鹿らしさ、美しさはあるけど、儚さなんてものはかなぐり捨てて、物凄くしたたかになっていますよ。"あの子にも聞こえたらいいね"とか言ってるけど、もう存分に届きまくって大満足ってくらいになってるので、安心して、ベッドルームで散々作ってください。」